06.11.2016

「梅雨」を「つゆ」と呼ぶのは何故?

現在、日本では「ばいう」と言ったり「つゆ」と言ったりしますが、そもそも「梅雨」は中国から入って来た外来語、だからどうしたって「つゆ」とは読めない訳です。中国では梅実が熟す頃に降った長雨だったので「梅雨」と呼んだそうです。日本では江戸時代に入り「梅雨」を「つゆ」と呼ぶ様になるのですが、日本の長雨の時期は、青梅、この雨で青梅が育つんですね。「梅の実に雨露がいっぱい」というところから「つゆ」とも呼ぶようになったと様です。

関東も梅雨入り、しばらく傘を持ち歩く季節が続きますね、、、

あじさい

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04.30.2016

江戸時代の旅は長期旅行!

昨日からGWが始まりましたね。長い人は10日の長期休暇、、、多くの人が国内・海外旅行に、、なんて言われますが、江戸時代の旅は10日どころではなかった訳です。1日、30〜40キロを歩くのが平均的だったそうですし、関所においては15日も待つ事があった様です。現代で、そんなに休んだら仕事もなくなりますね。

江戸時代、空前の旅行ブームは三重県のお伊勢参り、5か月で400万人もの人々が伊勢神宮へと参拝、実に6人に1人がお伊勢参りをしたといいます。旅のマニュアルもあったそうです。また、それだけの長期旅行にはお金も掛かるので、村中でお金を貯めて、1人か2人分の旅費が貯まると、くじ引きで旅人が選ばれたそうです。

GW、皆さん楽しんでください!

旅

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04.02.2016

隅田川のお花見は土手を固める目的があったとか!

庶民にお花見が広がったのは江戸時代。現在の上野公園の桜は三代将軍家光が吉野の桜を移植したもの、隅田川土手の桜は八代将軍吉宗が庶民のために植えたそうなんですが、その頃、隅田川は洪水が多く、土手を作ったのですが、その土手を固めるために、桜を植え、花見客を集めたとか、、、なかなか良く考えたものですね。

ちなみに、桜餅は隅田川の桜の葉を酢漬けにして餅を挟んで販売したのが始まりだそうです。

今日は東京の桜も満開、美しい季節です。

桜

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02.16.2016

江戸時代にも入歯があった!

江戸時代、歯科医師はいたようですが、現代の様な技術は当然ありまあせん。で、どうしたかと言うと、痛い歯は抜くだったそうです。なので、虫歯になった人は歯が無くなる訳です。そこで、登場して来たのが、入歯師、、、この方々、今の様な専門技師ではなく、仏像の彫士さん達だったんですね。当時は仏像彫りの仕事が減って来たこともあり、木材を使って、歯ぐき形に合わせ精巧な物を作ったそうです。バネを入れて隣の歯に引っ掛けたり、紐を通して縛ったりしたそうです。

江戸の昔から、日本の技術はやはり匠ですね。

入歯

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02.02.2016

江戸時代、大阪では貸家をスケルトンで貸していた!

江戸時代後期から昭和初期まで、大阪では「裸貸」と言う、貸家システムがあり、出入り口と雨戸は貸主が提供、あとはすべて借主が準備したそうです。これを可能にしたのは、大阪の町家が「畳割」という設計になっていたから、、、「畳割」とは京畳のサイズをベースに柱の位置等を配置した平面設計、また、障子や襖もサイズを標準化していました。つまり、以前の家で使っていた畳屋や建具がそのまま使えた訳ですね。その結果、大阪の町では既製品の建具が多く売られていて、自分好みの部屋を簡単に作れ、引手金具まで選べたとか、、、現在もスケルトンから自由に部屋を作るのが流行っていますが、江戸時代も好みや家族構成等で部屋を作っていたんです。自分の部屋はやはり自分好みにしたいもの、たまには部屋の模様替も良いですね。

町家

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八雲日記は八雲プロジェクトを進めているメンバーによるブログです。自分たちが感動した日本文化や匠の技等を題材に取り上げていきます。自ら買って、使ってよいと思うものを海外の人たちにも紹介して、その良さや作り手の意気込みをを分かってほしい、そして買って末永く使い続けてほしいという思いを伝えて、その橋渡しをやっていきたいのです! 海外に紹介したい日本の文化、もの、技などありましたら是非ご連絡ください、そして八雲プロジェクトのパートナーとして海外マーケットに売込んでいきましょう! 今後とも八雲プロジェクトを末長くよろしくお願い致します。   八雲プロジェクトの運営サイト: ・海外向けECサイト JAPAN UNIQUE GIFTS ・日本語ECサイト  YAQMO Japan  more

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