02.02.2016

江戸時代、大阪では貸家をスケルトンで貸していた!

江戸時代後期から昭和初期まで、大阪では「裸貸」と言う、貸家システムがあり、出入り口と雨戸は貸主が提供、あとはすべて借主が準備したそうです。これを可能にしたのは、大阪の町家が「畳割」という設計になっていたから、、、「畳割」とは京畳のサイズをベースに柱の位置等を配置した平面設計、また、障子や襖もサイズを標準化していました。つまり、以前の家で使っていた畳屋や建具がそのまま使えた訳ですね。その結果、大阪の町では既製品の建具が多く売られていて、自分好みの部屋を簡単に作れ、引手金具まで選べたとか、、、現在もスケルトンから自由に部屋を作るのが流行っていますが、江戸時代も好みや家族構成等で部屋を作っていたんです。自分の部屋はやはり自分好みにしたいもの、たまには部屋の模様替も良いですね。

町家

by:masa

トラックバック:

コメント:

(必須)

(必須)※公開されません

 ※オプション

(必須)